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自由という欠落
第10章 貴女という補い
「紬先輩……」
ごめんなさい。ごめんなさい。
大好きです。
悔いしかないけど、あの頃より幸せだった時はない。…………
「まひるちゃん?」
現実味を帯びない風が、まひるに運んだ幻か。
今しがた耳をくすぐったメゾは、僅かに高い、少しの掠れもない穏やかな声だ。思い返せない気がしていただけで、忘れられない、耳の奥にいつでも響いていた音色でもある。
まひるを呼んだのは、他でもない、紬の声だ。
「…………。嘘……」
「心陽さんに聞いたの?あの子、本当に嫌いだわ」
「……………」
「まひるちゃんは、変わってないね」
振り向くと、紬が微笑んでいた。
冬色の枯れ木は彼女が背負っているだけで、今にもみずみずしい緑に潤いそうで、吹き抜けていくそよ風まで穏やかになる。
清らかだった紬は一段と白い印象になって、身体は酷く痩せていた。背は少し伸びた。あどけなさの薄れた色気に、条件反射的な胸が華やぐ。温度のこもった眼差しは、変わらない。まひるを呼ぶ、少し甘ったるいイントネーションは昔のまま、切ないような焦燥を駆り立てる。
紬の心がまひるを離れている可能性もある。彼女がまひるを求め続けていたとは限らない。
彼女を探さなかったのは、実のところ変化を恐れていたのが大きい。臆病な予感ばかりが現実味を帯びていた。
だのにいざ姿を見るや、まるで奇跡に絡め捕られでもしたように、雑念は消えた。
まひるが、紬を求めていた。会いたかった。
何か伝えなくても失っていたではないか。記憶はいくら鮮やかでも、それは過ぎてしまったもので、今まひるが紬を捕まえなければ、彼女はまた届かない場所へ消えてしまう。