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自由という欠落
第10章 貴女という補い
* * * * * * *
のはなは心陽のコートを羽織って、タクシーを呼んだ。
我ながら大した生命力だと感心する。
GPSを有効にした個室の写真。あんなものを送ったところで自分の危機が伝わって、まして探してもらえる可能性などありえないのに、死に物狂いで考えついた救難信号自体、西原との縁を除けば、いかに気楽な人生を送ってきたかを自覚する。
まひるがいつか恋仲だったという少女であれば、仮にのはなの受けた辱めを経験したとすれば、今頃はホテルの真下で路上を染める死骸になっていただろう。
しかも腹に幾度となく熱いものが突き上げていた間、生命の終わりを願いさえしたのに、心陽の声を聞いた刹那、別の種類の落胆が胸に落ちた。
何故、まひるが来てくれなかったの。
ぼうぞくな男を相手に、友情だけで劣勢だった女の方の味方に付いた心陽のことを鑑みれば、のはなの期待外れは理にかなわない。
一糸まとわぬ肢体を布にくるんで、優しい友人と家に向かっているだけで幸福なのに、個人としての権利を取り戻した途端、人間とはこうも強欲になるものか。
「これしか貸せなくてごめん。洋服の方が良かったかも知れないけど、裸にコート着てるだけの子と歩くなんて、はなちゃんには敷居が高いでしょ」
「ううん……。あの、寒いわよね、私こそごめんね」
さんざん走ってきたから寒くはないんだ、と、心陽は笑った。
軒先でタクシーを降りても震えていないところからして、心陽は本当に、脇目も振らないでのはなを探していたのだろう。
無性に戻ってきたかった私室の天蓋ベッドは、シーツが荒れていた。毛布もない。
西原は、のはなが卒倒した状態のまま、それにくるんでホテルへ運んでいったのだ。毛布くらい家から一枚なくなったところで特に困ることもないが、のはなは、自分をかくも物同然に扱う他人が存在している事実に悲しくなる。
のはながひと息ついたところで、心陽は部屋を歩き出した。
心陽を招き入れたのは、昨年の四月以来だ。あれからさり気なく増えたぬいぐるみや小物に気づいては、心陽はことこまかに感想を挟みながら、のはなに下着や衣類の場所を訊く。未だぼんやりした頭で、のはなは答える。