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自由という欠落
第10章 貴女という補い
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恋愛感情はひとりでに意思を持つ、いつでもあるじに従うとは限らない生き物だ。
或いは、総身の血液が騒ぎ出す、たとしえない切なさが込み上げてくるこの現象は、いっそ恋愛感情と名づけるには旺然たる衝動か。
まひるは紬が暮らしているという家を訪ねた。
さびれた店がまばらに見える、山か田んぼが大部分を占めた景観を歩く間さえ、美しい絵画でも眺めている心地がまひるを包んだ。紬と話した内容は、あとになってからであれば一字一句違わないで思い出せるのに、道中は自分が何を口走ったか、いちいち思考が追いつかなかったのではないか。
まひるも紬も、当たり障りのない言葉を選んでいた。
極めて落ち着いて、手も繋がないで、さしずめ初対面の人間同士の距離をとって歩いていたのに、湖から住宅街までの道のりは瞬く間で、また、互いに興奮をひた隠しにしているのが分かった。
「お邪魔します」
「一人暮らしだから。適当に寛いでいてね」
リビングは、古びた家具や小物が生活感を醸していた。
ピンクや黄色の楕円クッションやら淡い青色のカーテンやらは紬らしい、大人が理想とする類の少女めいたデザインではあるものの、それらは実家にいた頃から使っていたのではないかと想像出来るほど、劣化も見られる。キッチンも使い込まれていた。
紬は冷蔵庫からカップ入りのジュースを取り出すと、桃かパインどっちが良い、とまひるに訊ねた。
「有り難うございます、桃が良いです」
「だと思った。昔からピンク好きだよね」
紬は桃ジュースの側面からストローを外して、蓋の飲み口に差す。まひるも彼女に倣ってパインジュースにストローを差すと、二人、わけもなくこぼれたような笑顔を交わして、各々のジュースに交換した。