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自由という欠落
第10章 貴女という補い


「お気遣い有り難うございます」

「こちらこそ。まひるちゃんの差してくれたストローで飲むと、美味しいよ」

「それくらいで、味なんて変わりませんって」

「物は試しだよ。飲んでみる?」


 カットしたパインの絵がプリントされたカップに差さったストローは、先端が僅かに濡れていた。

 まひるの肩と紬のそれは、触れるか触れないかの隙間を残しているだけだ。この近さであれば、今にも紬の唇の割れ目が果実のみずみずしい匂いをこぼしそうなのが、見える。まひるの臭覚が拾っているのは、桃か、パインか。果汁の強いジュースであれば、区別はついていたろうか。


 数秒も経たない内に、紬が焦ったさをはぐらかすようにして笑った。


「遠慮してるなら、私にもくれる?それ」

「あ、あの……」

「味見しようよ。大丈夫でしょ。キスだってした仲じゃない」


 紬の口調は、飄々としていた。五年も会わなかったのが嘘のようだ。

 まひるに、紬と過ごした時分の記憶が押し寄せる。
 同じ委員会にいたのがきっかけだった。何となく話すようになって、昼休みを共に過ごす日が増えた。二人、クラスで孤立していたわけでもないのに、一週間に何度か会わないでいれば二度と会えないとおびやかされてでもいたように、特にメールを交換してからは、頻繁に逢瀬を重ねていた。
 紬は、見かけに似合わず積極的だった。まひるが消極的すぎたのかも知れない。いつでも紬の方からまひるに距離を詰めていた。褒め言葉に恋愛的な下心が潜むようになったのも、触れるようになったのも、紬の方が先だった。


「紬先輩って、優等生なのに、女の子口説くの得意っぽかったですね」

「まひるちゃん限定だよ」

「……私の、どこが良いんですか」

「それは、鏡見て確かめて」

「…………」

「顔が好みなのもあるし、けど、やっぱりまひるちゃんじゃなくちゃダメなんだ」


 紬の手が握ったカップのストローをつまんで吸い上げると、甘酸っぱい果実の味がした。まひるの飲んでいた桃と同じだ、砂糖の成分が多くを占める。


「変わらないです。甘い」

「ふふ、じゃあお返しもらうね」


 えっ、と、声を上げる隙もなかった。おとがいにくすぐったい指先を感じたかと思うや、紬の唇が、まひるの声を封じていた。
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