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自由という欠落
第10章 貴女という補い
* * * * * * *
心陽の真意を解せないまま、のはなは、何か柔らかなもので唇を閉ざされていた。
欲望か悪意かも甄別しかねる蹂躙の捌け口だった、汚物同然の肉体。のはなに触れることに抵抗のない様子でいる時点で、心陽を理解し難かったのに、その上、彼女は口づけをした。好きになってくれなくて構わない、ただ守らせて、とささめいたばかりの唇で。
「んっふ……」
まひると交わしたキスの名残が薄れてしまう。…………
にわかにのはなは焦燥した。そう、最後に唇同士を重ねる行為をしたのは、前回まひると会った時だ。
西原のキスは思い出せない。性器や足指の匂いや舌触りはこびりついているのに、唇の質感が朧げなのは、のはなが婚約者と呼んでいた男が、まるで物珍しい玩具を検分せんといったばかりに口づけてきたのが、けだし出逢って間もなかった時分だけだからだ。
「ぁっ、は……」
「はなちゃん」
「──……」
「急にごめん。……好きだった。困らせるよね。ごめん、聞き流して。ただ、あんなはなちゃん、放っておけなくて」
「…………」
その場にくずおれたのはなの肩から、心陽の腕がほどけていった。今一度、立っていられるだけの軸をなくしたのはなは、寝台から顔を上げる。
心陽と目が合う。無性に鼓動が波を打った。
のはなは、気づかない振りを貫いていただけかも知れない。
心陽の無言の感情は、常にのはなに何かしらを訴えていた。今ものはなを見下ろす心陽の目は真っ直ぐで、角度からすれば見上げているのに、まるで目線を合わせてくれている風に、その眼差しは健気な潤沢を湛えている。心陽の人となりは表裏がない。懐こい笑顔は、誰もが彼女を信じきる。心陽は周囲に分け隔てない片や、甘ったるい言葉は、のはなの他に誰に送っていたものか。
ただ、のはなは自意識過剰になりたくなかった。
求めてもいないくせに一人前に期待して、肩透かしを食いたくなかっただけだ。事実、いよいよ白黒はっきりさせた心陽を前にしても、のはなは胸の一部に空疎を感じている。まひるに会えなければ埋まらない。心陽の言葉がまひるの想いでない事実にさえ、落胆している。