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自由という欠落
第10章 貴女という補い


 首を横に振りながら、のはなは心陽を拒めば拒むだけ、自分の傲慢を実感する。

 心陽はのはなを否定しない。のはなを初恋も知らない少女として認識していた頃から、今も彼女ののはなを見る目は変わらない。これでは心陽を試すだけの押し問答だ。のはなが自分を否定すればする分、心陽はのはなを肯定する。


「有り難う。……うん。まひるが好きよ。でもはるちゃんも好き。本当に好き。ごめん」

「分かってる。それで良いんだ。急にあんなことして、はなちゃん私を追い出さないし、やっぱり優しい。そして無防備」

「イヤじゃ、なかったし……」

「期待させないでよ。それより西原とは別れてね。まひるは、ちょっと、今日は帰ってこないかも知れないけど、新学期までには私からはなちゃんのこともっと見張ってるよう言っておく。あとは、涙を飲んで、応援するね」

「ううん、私がしっかりしないといけなかったの。はるちゃんにもまひるにも、迷惑はかけない」


 のはなは心陽の片手を握って、隣に促す。


 今を謳歌しておけば、余生など何とでもなる。そう高をくくっていた。残された自由を存分に消費して、今を満たしておけば、やがて訪う地獄の日々も、蓄えた幸福を糧にやり過ごしていけるだろうと信じているより他になかった。怯えても仕方なかった。無知で無力な箱入り娘には、男の所有物になる他に、将来の選択肢として思いつくものがなかった。

 婚約は、のはなにとって義務教育と同格だった。子供が避けては通れないプロセスと同様で、女が避けては通れない道。一部の例外を除いては、恋愛だの結婚だのは、異性間でのみ成立するものだと思い込んでいた。胸が顫えて想いの高まるようなロマンスなど、架空のものだと諦念していた。加えて西原を受け入れていたのは、のはななりの親孝行でもある。
 時が流れて、婚姻関係で絆を深めようが深めまいが、両社にさしたる影響もなくなった。のはなには、身内のごとく親身になってくれる友人が出来た。


 今夜は、家族揃っての夕餉の予定だ。坂木もいない気楽な席に、心陽も誘おう。

 日が暮れるまであと少しある。まひるの居場所を心陽に訊いて、それから、また三人で春休み中に出かける予定を立てよう。
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