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自由という欠落
第10章 貴女という補い



「まひるちゃんは、きっと何でも似合うんだろうなって。私服デートも出来ないままだったのに、私、何年も一緒にいられるんだろうなって、本当に楽しみだったし信じてた」

「…………」

「高校生になったらお化粧して、髪も染めて、休日は街でお買い物して。進路は、まひるちゃんにやりたいことが出来たら、私が合わせようって。私が進んでしたいことも、なかったし。来年は何を贈ろう、とか、まひるちゃんならこんなの似合うだろうな……とか。自分の欲しいものは特になかったのに、まひるちゃんをモデルにすると、想像って広がっちゃってたんだよね。おかしいでしょ。想像以上に、やっぱり、可愛くなってたね」

「紬先輩も側にいなかったのに。私のは、無駄な装飾です」

「そんなことないよ。女の子は、誰かのために自分を粧うものじゃない。自分のために、自分を粧うものなんだ。外見であれ、内側であれ……ね」


 ドライヤーの音が止まった。

 水気を吸って灰色がかっていたピンク色の髪が、くすんだ淡い色に戻っていた。求めて止まなかった少女の指にとかされた髪は、気のせいか、いつもより柔らかみを増している。


「まひるちゃん」

「紬先輩……」


 黒目がちな扁桃型の双眸が、まひるを捉えていた。
 心臓を包み込まれるような、甘ったるく切実な眼差し。まひるは紬の、この目が好きだ。無駄な肉付きのない頰は笑うとえくぼが浮かび上がって、薄い唇はそよ風に吹かれる花びらが擦れ合うような、軽らかで甘い音を紡ぎ出す。紬の指先が好きだ。いつもまひるから触れることはなかった、今よりずっと臆病だったまひるに、紬はいつも屈託なかった。


「私、初めて……なの。迷惑かけるかもだけど、その……」

「本当に、良いんですか」

「まひるちゃんを、私の初めてにして。嘘になるかも知れないけど。私はそう思いたい。イヤじゃ、なければ、……」


 やはりこの世の果てではない。紬を中心にして一枚の眺めが成立しているこの部屋は、まひるの目には、かぐわしい夢物語の一ページに描かれた景色も同然だ。
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