この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
自由という欠落
第10章 貴女という補い
* * * * * * *
何者かが陽子を揺さぶっていた。シーツの音が、ゆさゆさと立つ。
「よーうーこー」
とうに意識は夢から引き戻されている。今しがた佳乃が勝手に停止を押したスマートフォンのアラームも、聞こえていた。
目蓋だけが開かないのだ。
「陽子、いい加減に起きて!妹の卒業式でしょ?!」
恋人に甘い佳乃にしては珍しい語調に頭が貫かれでもしたように、陽子はようやっと目を開けた。弾かれたようにして。
「っ……」
「おはよ」
ちゅ。
声音と違って、少しも目くじらを立てていなかった佳乃が、陽子に唇を押し当ててきた。
陽子のこぢんまりした部屋は、いつまで経っても佳乃に似合うと思えた試しがない。支度を進める片手間に、陽子は横目で佳乃を盗み見る。自分の凡庸加減にため息が出た。
今更、嘆くことでもない。陽子は特別に落ちこぼれでもなければ、抜きん出ている点もない。
陽子の人生は、平凡であることがいっそ個性だ。未だ妹の友人をこっそり部屋に招く日があるが、彼女もここには浮いている。自分の自宅よりずっと居心地が良いとは言ってくれるが、それは単に、家族より陽子と過ごしている方が楽だという意味だろう。