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自由という欠落
第10章 貴女という補い
銀色の台座に、白と青の石が光っている。
「え?」
「左手薬指のリング。……石は、ご想像に任せるよ。意味は察してくれるよね?」
「まさか……」
「もちろん気の早いバレンタインデーじゃないよ」
小指の爪より二周りほど小さな石は、果てない透明感を湛えながら、強い輝きが奥ゆきを秘め隠している。何とも言えない重みがある、見たことのない煌めきだ。陽子の指に不思議なまでに馴染んだ銀は、久遠に艶を放ち続けるような光を帯びながら、柔らかな質感をまとっている。
「後悔はさせない。精一杯、陽子を愛する。愛してる」
「…………」
「私と一緒に歩んで下さい」
「…………」
目の前がぼやけて見えなくなった。化粧したばかりの顔が、崩れてしまう。
目蓋の開閉を繰り返しながら、陽子は自分の脆さに動揺する。涙を抑えねばならない自分に戸惑う。
佳乃の告白が嬉しい。意味を取り違えていないか、耳が幻聴を拾ったのではないか、今しがたの感動を懐疑する一方で、陽子を見つめる真摯な双眸、そして自分の薬指にかかった重みを確かめると、鼓動の速まりは度を増すばかりだ。
幸福などありえない。
陽子とて疑っていた。自分にはまひるに通じるものがある自覚があった。佳乃には打ち明けられない秘密もある。
それでも、目の前の幸福を拒めるだけの強さはない。自身を戒めるためだけに、陽子が佳乃を拒めるのであれば、人間という生き物は、もっと他人本意だったはずだ。所詮は自分が一番可愛い。陽子は紬にまつわる贖いを先送りにしても、佳乃に生涯嘘をつき通しても、幸運な女で在り続けたい。自分は少女とは違う、穢い大人だ。
「ああ、でも、結婚したいからって、陽子を縛りつけたいわけじゃないからね」
佳乃が慌てた口調でまくし立てる。
「そりゃあ、大好きな陽子のことは何でも知りたいし、陽子のことは全部私のものにしたいけど。でも、私だって陽子と四六時中ベタベタ出来ないし、パートナーを養うためにもっともっと働かなくちゃいけないし、たまには秘密だって持ちたいし。自分の時間も欲しいし」
「…………」
「だからね、秘密があっても良い。いつでも相手を優先しなくても良い。それでも一番だって信じていられる関係では、いたいなって。……ダメ?」