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自由という欠落
第3章 選べない貴女
「昨日、少し家で読んでみたの。演劇の発声って、声楽とは違うのね。歌劇を観ている限りでは、分からなかったわ」
「私はどっちもしたことないな。そうなんだ?」
「基礎練習も、全く違う」
一人の時間か、年相応の少女らしい他愛ない時間か。
優先すべきはどちらか、のはなに正解は備わらない。
ただ、一人きりで台本を捲っていたより、心陽が訪ってきた以降の方が、明らかに時間の経過は早かった。
心陽はのはなを手放しに褒める。全寮制の女子校にいた頃も、好意を大特売する生徒はいたが、彼女らと心陽はどこか違う。どこが違うかは説明つけ難いにせよ、のはなは心陽の優しさに安らぎを見出す片や、胸の迫る何かを感じる。
レースやフリルに彩られた、ピンク色の装束。それらが心陽を可憐に見せても、近くで見ると、繊細に化粧されたかんばせは、どきりとするほど大人っぽい。綺麗に波打つ彼女の茶髪に、目が釘付けになる。
「お疲れ様、のはな、心陽」
講義室が集ってきた学生らで雑然としてきた頃、甘ったるいメゾの声が割り入った。
まひるは、のはなの父親が目をかけるだけある流麗な歩みで机に至ると、当然の身振りでのはなの隣に腰を下ろす。次の講義の準備を始める彼女の姿は、指先まで見とれようほど品がある。
同じ学部の同級なのに、やはりまひるに関しても、のはなはほとんど知悉しない。
のはなのように不羈に見放された少女に見える彼女が、一体、いかなる経緯で父親の下で働いていたのか。