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自由という欠落
第3章 選べない貴女
初日の台本読みは、単語のイントネーションの確認や、動作をつけることを踏まえた間のとり方に、重点が置かれた。
まひるが生の舞台を観たのは、秋にのはなに連れられたのが最初で最後だ。素人目にも、のはなの発声がいかに磨かれたものかは瞭然だった。
隣で、懸命にヒロインの台詞を追っていた令嬢。少なくとも一年以上は芝居に打ち込んでいたろう上級生らも、のはなの読みに息を飲んでいた。
「以上かな。他にはある?」
「特に」
「私も」
「二年も、特にありません」
「休憩しよう。この部いつもこんな真面目にしてるって、新入生のお二人に誤解を招いても困るしね」
「怖がらないでね、部長なんかああ見えて、稽古中に酒飲んでたことあるくらいだし」
「しよりひどい。あの時はイヤなことがあっただけ。いつもはしないもん」
「えっと、まひるちゃんとのはなちゃん?」
先刻まで連れ合いを演じていた親友同士が舌戦を始めた傍らで、花園がまひる達に笑いかけた。
ヒロイン候補だったゆきに断固として相手役を拒否された副部長は、主人公率いる軍の旗手の役に落ち着いていた。
まひるは、こうしてまた歳の近い男子と同じ部屋の空気を吸わねばならない状況下に置かれようとは、三年前の卒業式では夢にも思っていなかった。さっきから意識に反して、身体が身構えている。箱入り娘ののはなの方が、涼しい顔だ。
「はい」
「すごいね!本当に初心者だなんて、信じられない。のはなちゃんは、ゆきと同じ歌劇団が好きなんだって?」
「ええ、とっても。舞台観賞が人生の楽しみの全てと言って良いくらい」
「まひるちゃんも?地声は、しよりとか男役が十八番の女子より低いってわけじゃないのに……オセローの台詞、自然だったよ」
「有り難うございます」
「まひるは優等生だったみたいだものね。昨年の舞台から学んじゃってたとか」
「私が優等生なわけないじゃない」
「お父様に聞いたわ」
「買いかぶられてるなぁ」
「そうなんだ、家族ぐるみの仲良しか。良いなぁ、オレ友達いないから……」
「私がいるでしょ、ゆきも。はい、友達友達」
にわかにしよりの腕が伸びてきて、花園を羽交い締めにした。
君達は友達というより部活仲間だ。
抗議する端整な顔を横目に、ゆきが笑い声を立てていた。