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自由という欠落
第3章 選べない貴女
「あれ、佳乃の体験談なの」
「えっ」
「佳乃が私を口説いた時の、本当の話」
つまり、陽子は彼女に求愛した佳乃の話を、自分の行動として心陽に話して聞かせていたのだ。
「格好良いでしょ」
「うん」
「心陽でも惚れる?」
「正直な人、好きだから」
さればこそ陽子の話を聞きに来た。憧れたからこそ。
人生の先輩として、そして、心陽より早く恋を知った女として。
「好きな人が出来てもね、心陽」
陽子の声は、地に足をつけた大人のそれだ。かくも優しい恋に甘やかされて、長年続いているというのに、女子特有の会話を求めた妹に対しては、数学を論じている時と変わらない。
心陽の目は、陽子の持ち上げたカップを追っていた。若草色の縁が陽子の唇に近づいて、春の冷気を宥める湯温を流し込む。姉のふっくらとした唇は、品の良いベージュが艶めく。まろやかな鼻先と、整った顎。心陽を誘惑しようとしているはずは決してないのに、その首筋は匂やかで、吸いついてくれと命じている。柔らかな曲線を描いた肩、腕、そして乳房。
かつて陽子は、こうも扇情的な姉だったか。恋をすると変わるのか。愛し愛されたから、陽子は女になったのか。
だとすれば心陽に魅力はない。愛しこそしても、愛し合った試しはないのだから。
「恋に夢中になっちゃダメ。特に、貴女のような若い学生はね」
「……職業病みたい、その言葉」
「勉学に励めと言っているんじゃないの。だって、心陽」
ああ、また、暗い目だ。心陽なら心弾む思いで過ごすだろう日々に恵まれながら、やつれた陽子はその顔色に相応しい翳を双眸に落とす。
「あんたが昔読んでいた少女漫画に出てきたような真実の愛とやらか、目先の快楽。どっちが幸せだと思う?」
「そんなの、決まって──」
「健康の助けになるかも知れない食品か、今美味しい甘いもの。あんたなら、どっちが食べたい?」
「…………」
お姉ちゃん、いつからこんな意地悪になったの。
どう味わっても甘みの強い茶菓子が欲しくなる紅茶を出しておきながら、これでは誘導尋問だ。