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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた

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 暦の上では初夏も間近の四月下旬、新緑が萌える息差しはまだ薄いくらいに、ゴールデンウィークに差しかかった学内は、静かな冷気が立ち込めていた。

 特に講堂は薄ら寒い。だだっ広く、天井も高い分、演劇部員の八割が入っただけでは風通しがあまりに良いのだ。


 大学生生活初めての大型連休を、まひるとのはなは部活動に充てていた。今朝も開講日と同じ時間に起床して、一限目の予鈴が鳴る頃には出席者全員で基礎練習、昼前には学祭の舞台の通し稽古を一通り終えていた。そして今、昼休み開始までの僅かな時間を、適当なシーンの温習に割いている。



「『マイケル・キャシオーについてお話があります』」

「『何だ』」

「将軍がデズデモーナ様に結婚を申し込まれた時、あの男は貴方様がたお二人のことを終始存じ上げておりましたでしょうか』」

「『何を今更。全て知っていた。二人の間を行き来してくれていたくらいだからな』」

「『そうでしたか!』」

「『それがどうしたというのだ?得心しないような顔をして』」



 狡知に長けた野心家の旗手を演じるしよりが、まひるの目路を思わせぶりに往来していた。掠れたアルトが紡ぎ出すのは、彼女演じるイアーゴーが主人に語る、いじらしい口舌。
 清冽なものは毒を孕むのかも知れない。自然の摂理に反する環境下にある澄んだ水は、最悪の場合、致死量の夾雑物が紛れていることもある。それだけの汚濁を無理矢理に壅蔽した結果だ。
 オセローに仕えるイアーゴーは、清澄な水だ。敏腕で誠実で、万人の信頼を得る立ち振る舞いを心得ながら、彼の善行は彼の野心を補翼する。周囲に不可視の毒を撒く。
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