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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた



「『仰る通り、人間は見かけ通りであるべきです。悪人には悪人なりの姿かたちであってもらいたい』」

「『前置きは十分だ。まだ何かあるな?俺の耳は構うな、お前はお前の独り言を呟くつもりで語ってくれ。この上なく忌まわしい胸の内を、この上なく忌まわしく語ってくれ』」

「『将軍、それはお許し下さい。これが職務のご命令であれば、誠心誠意、努めてご覧に入れましょう。しかし胸の内を秘めることは、奴隷にすら許されている自由です。棄てるわけには参りません。私の独り言が邪であり偽りであったとすれば、尚更。どんなに高潔な精神の持ち主でも、過ちはあります。時に卑しい邪念が入り込み、裁きの庭を、正義とせめぎ合うこともございましょう』」

「『それこそ俺のためにならない。俺が知らない内に不当な目に遭わされているというのに、お前は真偽が確かめられないというだけの理由で、忠告もしてくれないのだからな』」


 押し問答の末、イアーゴーは匂わせていく。キャシオーという、彼の腹心の叛逆を。そして彼の最愛、デズデモーナの不貞を。


 しよりの身のこなしは、舞でも披露している風だ。彼女は指先まで洗練した動きを見せて、同じシーンで演じているまひるの目さえ奪う。それでいて邪悪な男の精神を語る彼女は、彼に騙られるオセローを演じるまひるをぞっとさせて、現実から虚構へさらう。学年、性別を問わず高い支持を集める上級生は、今回の役も見事に創りつつあった。


 イアーゴーが退却すると、オセローに苦悶が押し寄せる。

 デズデモーナの誠意を信じる一方、部下に絶対的な信頼を寄せる軍人は、イアーゴーの胸の内も可能性として受け止めるのだ。嚮後など疑わなかった愛情が、純化する。過度に純化した酷愛は、憎悪を伴う悋気に昇華する。



 結婚などというものは、最愛の人を手に入れは出来ても、精神まで羈束出来ない。そういう性質なのだ。ともすれば人間同士の誓約、それ自体が。



 愛など、永遠など、存在しない。



 しよりの強烈なパフォーマンスが、まひるの心魂まで撹拌していた。



 待機席に戻ると、のはなが純真無垢な笑顔でまひるを迎えた。すごいすごい、うっとりしちゃった。文学部にいる友人が常々惚気ているのも頷ける、あまりに穢れのない令嬢だ。デズデモーナも事実、こうした少女であったとすれば、悲劇は免れていたろうか。
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