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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
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飾り気のない恋人にアイマスクを装着させて、視界を覆った彼女の肉体を縄で縛った。
陽に透かせば仄かなブロンドが滲む佳乃と違って、現に今、窓を通して侵入してくるネオンの光を受けても空と同じ晦冥を貫く陽子の髪は、ゴムをほどくとこうも彼女をエロティックに演出したろうか。陽子の身を隠しているのは、羽織らせただけのカッターシャツ一枚。はだけた身頃から露出した女体は無防備で、背に腕を羈束した縄が、乳房をにゅっと押し出している。その上、脇腹に太ももを繋いだ姿は、恋人というより、一方的に彼女を想い慕った末、報われないで逆上した変質者のなした悪戯を聯想する。脚と脚の間にぬらぬらと光る肉薔薇は、無色透明の蜜を垂らして、物欲しげに顫えていた。
「やっぱり、いやらしいな。陽子の身体は。ねぇ、私まで濡れちゃう。もう少し慎ましくなれない?」
「さっさと描いて。いつまでこんな格好させる気」
「まんざらでもないでしょ。乳首ぷっくり勃ってる。陽子の匂い、こっちにまで来てるもん」
佳乃は、キャンバスに鉛筆を滑らせていた。数十分前まで真っ白だった平面世界に、徐々に灰色の女の姿が見えてくる。
絵を描くようになったのは、十年以上も前のことだ。中学生の時分だった。
閉塞的で、さながら同調圧力の奴隷のような人間に、思春期特有の嫌悪を強めていた佳乃は、いにしえの画家達の遺した絵画にこそ現実を見出していた。
激しい情緒や躍動感、何より強烈な光と闇を投入したバロック期の絵画は、鏡に優って人間の本質を炙り出していたのではないか。表層ばかりを取り繕う、すました人間の姿ではない。描き手が、人間そのものを剥き出しにして描き出した生き物。恐ろしければ恐ろしいほど佳乃は惹かれて、彼女自身も筆を握るようになったのだ。
それから何故、バロックとは一変して、現代絵画に傾倒したのか。人間を敬遠したくせに、女ばかり描くようになったか。
佳乃に自身の矛盾は謎解けない。
少なくとも人間と女体は別物だ。