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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
* * * * * * *
旅路の電車に揺られる途中、陽子は先月の一泊二日を追思していた。
今朝より空は晴れていた。
学校行事の集合時刻だ。入学してまもない一年生らの負担にならないスケジュールに準じていただけあって、今日ほど早出ではなかった分、今回も忘れた時分に明るむだろう。天気予報は晴れマークだった。
中学校での陽子の良からぬ風評は、世代から世代へ語り継がれているらしい。陽子を冷ややかにねめつけていた保護者らの子供は、年少でも今年で高校二年生になっている。今の陽子が関わっている生徒の親御が目にした当時の事実はないのだ。
真面目な陽子は、今年も担任を外れていた。それに引き換え、淫らな絵をコンクールに送っては芳しい成績を更新し続けている佳乃は、昨年からクラスを受け持っている。
保護者達の鬼胎は、ここ二年、その佳乃のクラスにある。陽子が副担任をしているからだ。もっともプリントを刷ったり野外活動で点呼をとったり、副担任とは名ばかりで、雑用係だ。されど保護者達は、大事な愛子(まなこ)が問題のある教師に名前を呼ばれて、指導を受ける立場であることに、理不尽を感じているらしい。ことあるごとに学校側に不平をぶつけて、中には引っ越していった家庭もあった。
オリエンテーションの実施場所へ向かったより早い時間、朝ぼらけに見える新緑は、陽子の瞳孔を塞がせた。目が眩む。
「こんなことしてて、良いのかな」
佳乃は、隣でiPadを操作している。駅で撮った写真を編集するのに夢中だ。
「私を無視しない人と旅行に楽しみに行くなんて、良いのかな」
「…………」
「教師なんかやめて会社員にでもなった方が、出世出来るかも」
学校という箱庭は、教員にとっても閉塞的だ。ショッキングピンクと白に塗り上げたネイルにラインストーンを光らせた佳乃も、数日前まで辛気臭い指先をして、辛気臭い教員らの集団心理を満たしていた。ただし彼女は、エナメルもストーンも、十二時間以上キープしていたことがない。
「辞めるのもありかもね」
iPadの液晶画面に、目が二倍ほど大きくなった陽子と佳乃が笑っていた。