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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
「ふぅん、まぁ知ってる。千差万別じゃないの。仮に皆がそうだとしたら、例えば……、読者モデルとファンの関係は成立しない」
「疑似恋愛的なものがあるからでしょ。同級生同士に、ファンも何もないと思うな。好きな子なら別として」
「…………佳乃さん」
「それとも、心陽ちゃんはのはなちゃんのファンかな?可愛いもんね、胸もあるし」
「あっ、の、のはなちゃんに対して絵描き的な見方は──…「心陽ちゃんだって、綺麗な身体しているけれど」
「っっ…………」
のはなに、ゆくりなく心臓を抉り抜かれた衝撃が走った。総身を支えていたものが、音も立てないで抜け落ちていった虚脱感が迫る。
佳乃が心陽にキスしていた。心陽の柔らかに巻いた茶髪を手櫛に通して、それはさしずめ、歌劇の主人公がヒロインを抱き寄せる仕草に似ている。
「ゃっ」
くすぐったげに肩をよじった心陽は、すぐに佳乃から解放された。佳乃はすました顔をして、また炭酸で喉を鳴らしている。
「耳許にちゅーしたくらいで、可愛い。ふふ」
…──可愛いどころではない。
心陽は、綺麗だ。
胸奥で反駁しただけなのに、顔から炎を噴くのではないかと焦燥した。のはなの頰が、説明つけ難い熱を帯びている。抉り取られた心臓は、高速で音を立てるようになって、再びのはなに埋め込まれていた。
佳乃の言葉に深い意味はなかった。彼女は絵を描いている。女の裸体を抽象的に写した作品。心陽はモデルを手伝うことがあるらしい。陽子のように、デッサン中、佳乃は心陽にいたずらもしなければ、ちょっかいも出していない。聞かされて安堵した。同時に、のはなの無意識の底に息づくきらびやかな生気は、靄にとりこめられた悋気を訴えたがっている。
この感情は、何。
自分には愛情を捧げるよう義務づけられている男がいるのに。
愛情?
義務だからと提供する感情が、愛と呼べるの?
幼少期に好んでいた愛だの夢だのを描いたアニメなら、主人公の少女が非科学的な力を発生させる時、ブラウン管に光が満ちていた。
現実は、正反対かも知れない。
世界が眠る支度を済ませて、空が暗晦に隠れて初めて、人は魔法にかかるのではないか。