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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
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幸福に見える人間が、その通り幸福とは限らない。
どこで何をしている時も、大多数の人間の目が最高傑作のビスクドールに匹儔すると判断する風貌をして、愛し愛される他に世界との関わりを知らない風に見せかけた、生まれたての潤沢を守った瞳。人間が幸福と呼ぶ嚮後を迎えるために必要な材料に不足ないような見目の少女は、ともすればこよなく不幸かも知れない。
幸福ほど信頼のおけないものはないと思う。
人間が不幸と呼ぶ境遇より、儚く脆く、弱いからだ。手のひらの上でさえ握り潰せてしまう。そのくせ人間はその幸福に憧れて、もとより彼らの個々の中で齟齬のつきまとう概念に相応していると見える人物を見かけては、相応しているというだけで、賛美や羨望、嫉妬心を向けたがる。当人が不幸の最中(さなか)であろうと、構わないで。
意識が覚醒するにつれて、陽子の鼻が嗅ぎ慣れない朝の匂いを感じ始めた。
ぱりっとしたシーツにくるまれた布団はふかふかの空気を含んで、清潔なカモミールが香っていた。横たわった陽子の片腕が、その端を抱き込んでいる。
知らない朝の匂いなのに、自宅で目覚めるのにも優る安らぎが、陽子を夢の断片に繋いでいた。
薄目を開いて寝返りを打つと、すぐそこに一つ年下の女の寝顔があるからか。佳乃は、まるで眠っているのが当然と言わん顔で、小さな寝息を立てていた。髪もほどいて目蓋を下ろした佳乃の寝顔は、そこいらの女とどこが違うか、恋人ながら彼女の特別性が思い当たらない。それでいて、仮にここにあるのが別の女の寝顔であれば、陽子はこうも暢気な心地で朝をこの時間を迎えていなかったろう。