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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた



 佳乃が目を覚ました。

 無邪気な黒目が目路の女を認めるや、第一声、寝顔を見ていたかと問うた。おそらく十数秒程度だ。十数秒程度だったが、陽子は恋人らしい情緒に駆られて頷いた。寝顔、可愛かったわよ。

 諧謔が口を衝いたのは、珍しく昨夜、精神的な夜を共にした所以か。深夜に帰還した佳乃は、陽子と二言三言を交わして、遊び疲れた子供よろしく眠りに落ちた。





「清水さん、どうだった?」


 化粧を整えていると、佳乃が陽子に話しかけた。


「どうだった……って?」


 顔色が変わってしまったかも知れない。

 陽子の心臓が大仰に波打ったのは、確かだ。


 フェイスパウダーを丹念に叩く動作に専念した。

 さりとて佳乃にしてみれば、まひるはかつての生徒でしかない。陽子の動揺など、ましてスマートフォンに彼女の連絡先が入っていようとは、夢にも考えていまい。


「久し振りに、昔話に花、咲いたかなって。美化委員会にいたんだよね」

「ああ……、うん。そうね」

「私が思っていたより、仲良かったみたいだし。久し振りに会えて良かったわね。バッグチャーム、渡せた?」

「…………ええ、もちろん」


 陽子がまひるに贈ったのは、昨日ミュージアムで購入したクマのぬいぐるみのバッグチャームだ。ヘッドドレスを頭に乗せた小さなクマは、ピンク色の洋服までレースやフリルで飾っていた。愛らしい顔立ちと言い、徹底して少女趣味なバッグチャームを見かけた時、真っ先に浮かんだのはまひるの顔。さして意味もなくレジに持って行ってしまっていたそれを、まひるも、けだし陽子から何の感情も探ろうとしないで受け取ってくれた。ただ、可愛いと言って喜んでみせた笑顔には、やはり生きていく上で有利にも厄介にもなる愛嬌がまとわっていた。



「今日はどうする、陽子」


 ルージュを引いていた陽子の片手が、にわかに動作を鈍くした。存分な睡眠をとったあとの恋人が、やはり甘えたな子供よろしく、陽子の背中に乳房を押しつけたのだ。絡みつく腕が、起き抜けの肌寒さを取り払う。


「◯◯神社、行きたい」

「学業の神様の、あの?陽子、受験でもするの?」

「するはずないでしょ」

「分かってる。眺め良さそうだもんね。期待以上であることを願うわ」


 佳乃は、陽子の要望を否定しない。どれだけ些細なことであっても。
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