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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
動物達と草花どちらも満悦していると、砂時計が滑り落ちるより素気ないように時が過ぎた。縁起が良いという曰くつきの天然温泉に、まひる達が到着した頃、ほんのり紅潮していた空も群青に染まろうとしていた。
月明かりの降りた露天風呂は、岩を挟んで海が臨めた。
先に髪やら身体やらを洗っている内に、ひとしお闇を深めた景色は潮風も夜陰に呑み込んで、彼方に銀色の星屑を飾った。
他に客の姿はない。
まひるとのはな、心陽は、ガラス扉を貫通してくる人工的な灯りを頼って湯水に浸かって、潮汐波に耳を委ねた。
「やっぱり、海は良いなぁ。癒される。それに満月」
「地元だと、こんなにくっきり見えないもんね」
「岸田先生に感謝。声をかけてくれた心陽にもね」
「本当ね。明日また改めてお礼を言わないと」
独特のとろみを含んだ湯を肩に浴びせていたのはなが、さっき庭園に見た花のように目を細めた。彼女の清らかな顔が綻ぶ間際、僅かにちらついた翳りは、夜陰が見せた幻か。
のはなは、おりふし無色の感傷を仄めかす。
それはふとした沈黙の釁隙だ、例えば今のように、言葉と言葉が途切れた合間。
年相応に、或いはそれ以上に、恵まれた彼女が明るくはしゃいでいたかと思えば、周囲の視線を離れた途端、肩の力が抜けでもした塩梅に、無防備な部分が姿を現わす。
まひるから見たのはなは、動物園でもそうだった。小動物とのふれあい広場で、存外にウサギの扱いに慣れた心陽を弾けんばかりの笑顔で眺めた次の時には、単に口角を休ませただけではない抜け殻のような表情が、のはなに翳を落としていた。