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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
「あっという間だったな、明日には帰るなんて。ただ、子供の頃より、帰るのが淋しくないんだよね。何でだろ」
「行きたい時に、行きたい場所へ行けるから……?」
「私も、考えたことなかったわ。今でもそんなに自由ではないし」
「じゃあ、今の方が自由は間近だから、かも。今は自由じゃなくても、もう少し年を重ねたら、何だって出来る気がしない?」
数秒置いて、のはなが作り物のように美しい笑顔で頷いた。感情を強制された人形の笑顔だ。瑕疵一つ見当たらない。いつになく濡れた双眸は、目前にいる嚮後を信じて疑わない友人を見澄まして、憧憬とも親愛ともとれる光を湛えていた。
何だって出来る。何者にもなれる。
そう確信していた時分が、まひるにもあった。いつの頃だったろう。のはなは、いつの頃までだったのか。或いは彼女は、夢というものすら丹羽の干渉を免れないではいられなかったのか。
「少なくとも、帰ってももうちょっと休めるしね。二人は、明後日からまた部活?」
「うん。まぁ」
「まひるも私も出席率が良い方みたいで、部長にそろそろ有給とれって笑われちゃった。有給って、こういう時に使うものかしら」
「気を遣ってくれてるんだろうね。有給が過労死防止のためなら、間違いではないかも」
「ど素人で主演させていただいているんだし、他の皆さんよりたくさん稽古に出るのは当たり前なのに……」
腕を伸ばしても決して触れられない真珠を除いて、晦冥の空には何もない。銀色を揺らす水面を除いて、海にも。
何もない夜の眺望を、いつまでも眺めていたかった。
この瞬間は論をまたず存在している現実なのに、けだし数年後、或いは数週間後も経てば、夢のような奇跡になっていることすらある。いっそのこと、昨日あったものが今日はない。今日には消えている。そうしたことの方が当たり前なのだ。
一秒一秒だけが、規則的に過ぎていく。時の経過を裏づけんばかりに、湯に浸かっている肉体も、熱に食傷をきたし始める。
三人、名残惜しい露天風呂に別れを告げて、シャワーを浴びた。施設を出ると、高原の夜風が心地好い程度に身体の熱をやわらげていった。