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自由という欠落
第4章 彩りのうたかた
「佳乃さん」
「ん?」
「私、したいことは何でもしてきたし、言いたいこと我慢しない性格だった」
「うん」
「こんなに我慢してる私って、変、かな」
「心陽ちゃんは我慢してるの?」
「……多分」
幼児ほどの血気があれば、人はどれだけ、愛に滞りなく準じられていたろうと思う。躊躇しないで、あらゆる負の可能性に怖気づくこともなく、欲望に従えるだけの確信、執念、絶対的なイノセントがあれば。
心陽は、とりわけ忍耐に乏しい少女だった。末っ子にありがちな身性だ。昔から、姉の陽子が大人びていたのに対して、心陽はことごとく甘やかされていた。稀に意思に反するようなことがあれば、必要に応じて理屈を並べ立てたり媚びたりして、いっそ強引とも言えよう手段で状況を有利に運びたがった。クリスマスケーキのお菓子の家は当然、心陽の皿に乗らなかった年はない。
それがのはなに対しては、理屈も媚びも使おうという気がしない。使って得られる気がしない。
幼児が求める一過性のわがままより、遥かに重要なものを渇望しているだろうに、望めば得られるという確信が、無に等しいのだ。人は生まれた瞬間から、一秒ごとに、理性や分別の代償を剥ぎ落とされているのか。
この二日間、楽しかった。あまりにのはなと過ごしてきた時間の乏しい心陽には、あまりに彼女を知悉したひとときだった。
こうものはなを好きだったのだと自覚して、今はこの甘くやおらな想いを噛み締めるだけで胸が迫る。
深夜の会合は、本当に他愛なかった。
心陽にとって、同級生らの輪の中では露呈出来ない胸の内の捌け口になった一方で、佳乃の方も、おそらく陽子相手では消化しきれない話題を持ち合わせていた。
ロイヤルミルクティーが熱をなくした。心陽が冷えた液体を飲み干す時分、佳乃も帰り支度を始めた。
宿泊棟へ戻ると、ちょうどまひるが佳乃らの部屋の扉を出てきたところだった。心陽はまひると、のはなを起こすまいと暗黙の了解に基づいたように小声で二言三言を交わして、寝床へ入った。
第4章 彩りのうたかた──完──