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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分

 ついこの間に入学式を終えたばかりのつもりで日々の中にいる内に、茹だるような季節が巡ってきた。


 特定の学部にいる学生らは試験やレポートに追われて、学内は、どこか緊張している。世間は花火大会が告知され始めて、神社の近くや商店街を通りかかれば祭囃子が聞こえる一方、各地で雨の予報はとめどなく、天候如何で職務は放棄出来ない教員らもどこか張り詰めていた。



 演劇部の『オセロー』は、その進歩がここ三ヶ月という期間の経過を物語っていた。音響や照明は疎か役者の動作も不確定だった当初に比べて、今や概ね形が出来上がっていたのである。

 部員は、比較的単位を得やすい学部にいる学生らがほとんどだ。試験期間が迫っていても、通常通りの活動が行なわれていた。さすがに試験本番の一週間は、勉学に打ち込む格好をとるらしいにせよ、今日も日暮れ前には決まった顔触れが揃っていた。



「はい、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす」


 部分稽古がひと区切りつくと、まひるとのはな、ゆき、しよりは舞台を降りた。

 今しがた四人が演じていたシーンは、主人公が、純然たる愛を誓った対象、天地がひっくり返ったとしても揺らぐことのなかったはずの信頼を寄せていた細君に、疑心を確信するくだりだ。

 オセローから安寧を取り上げた旗手は、神妙なまでに虚偽の才気に溢れている。それは底巧が漸進するほど、おそらく観客までが嗟嘆の息をこぼすくらいだ。生来オセローに根づいていた劣等感を炙り出して、彼の悋気を煽った挙句、イアーゴーは愛妻家であるあるじが初めてデズデモーナに贈ったという珍しいハンカチを手に入れて、彼女の不義を補完する役者として仕立てあげたキャシオーにそれを拾わせる。厚意に拾ったハンカチは、とうとう潔白な副官の謀叛の象徴になるのだ。
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