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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分
真知は、空いたパイプ椅子に腰かけた。教材が詰め込んであると思しき膨らんだリュックサックは足許に置いて、コンビニエンスストアの袋から、ペットボトルや菓子を取り出していく。菓子は差し入れらしかった。部員らが輪になって休んでいる中、ほとんどの封が切られていった。
彼女も、有名な歌劇団に傾倒しているゆきやのはなと同じで、例の舞台を好んで観ることがあるらしい。知った途端、のはなは初対面の上級生と意気投合した。
「学内じゃ、ゆきの方がよく観劇へ行ってるファンとして知られているだろうね。最初に誘ったのは私だけど。のはなちゃんも、まひるちゃんを誘ったんだ?どう、なかなか良かったでしょ」
「そうですね。あれ観てなかったら、演劇部に誘っていただけた時、もっと全然ピンとこなかったかも知れません」
「運命だったのかもね。さっきチラッと見ていたけど、まひるちゃん興味なかった割りには、良い感じだった。声も後ろまで聞こえていたし、活き活きしてて」
「有り難うございます」
「先輩、俺はどうでしたか!」
「芳樹くんねぇ……はは」
「相変わらず情熱的な演技ですよね。面白かった」
「それな。面白かった。私は好き」
「何ですか、村辺先輩も西川さんも。俺、役職を奪われた上に不倫の濡れ衣を着せられて殺される、悲劇のヒーローなんですよ」
「いや、だってね?高校生から演劇してるでしょ。芳樹くん。こなれてるっていうのか、型が出来上がっちゃっていて、私にとやかく言えないの」
「同感、お姉ちゃん。放っておいても役作っていってくれるから、部長として、花園は、私も却っていじりたくない」
ゆきと真知が頷き合う。芳樹自身は不平を顔に貼りつけているが、姉妹が彼を評価しているのは明白だ。もとより先代部長は真知、現部長はゆきというこの部内で、男子にして主要の役を張っている芳樹は、それだけで努力は報われているではないか。まひるがのはなを瞥見すると、彼女の双眸にも物静かな共感が覗いていた。