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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分

* * * * * * *

 試験期間に入って二日目、のはなは校門を出たところで、見覚えのある姿を認めた。


 茶色い巻き毛にピンクのリボン、白いパフスリーブのブラウスに、虹色の花のモチーフを散りばめた白いスカート。ウサギの耳が持ち手になったボストンバッグ。かくも童話から抜け出てきた風なアイテムでコーディネイトした学生など、のはなの知る限りでは、片手で数えられる程度である。

 もっとも彼女に限っては、仮にこうした装束でなくても、のはなは彼女と気づけたろう。



「はるちゃん」


 心陽の方も、しっかりメイクした目許に煌めく視線をのはなに向けた。


 とくん。


 心臓がこそばゆくなった。腰の奥が、じんと疼く。

 心陽の名前を口にしたからか。


「はなちゃんっ、うそ、わっ、今帰り?」

「うん。はるちゃんも?」

「そだよ。嬉しい!偶然!そっか、部活休みだったもんね」


 心陽はのはなに走り寄るや、片手をやおら持ち上げた。

 華奢でも少女らしいまろみを帯びた指先が、のはなの手指を絡め取る。滑らかな皮膚が、のはなのそれをくすぐった。

 指と指、手のひらと手のひらの接触部から、とろけるように甘い痺れが流れ込む。


 まただ。…………


 のはなは、たゆたう。

 口づけも、まして人間同士の結合すべき部分同士の交渉も、のはなが法悦するに至らないのに、相手が心陽になった途端、ただ手を握られるだけで夢でも見ている心地になる。


 五限を終えた校門前は、帰路に急ぐ学生らが間断なく流れていた。
 のはな達を追い越していく彼らの誰もが、道端で目と目や指を絡めている一回生二人になど、一ミリの関心も向けていまい。ともすれば存在にすら気づいていまい。


 時間ある、と、切り出したのは心陽だった。

 とりわけ忙しい学部に所属しているらしい彼女をいつまで引き留めるべきか考えあぐねていたのはなにとって、思いがけない誘いだった。





 閑静な町内は、少し歩くと公園がある。

 のはなは、ほぼ毎日遠目に見ていた公園に、初めて足を踏み入れた。


 夏の陽光を照り返す白い砂に、目立った足跡はなかった。

 のはなと心陽は、錆びた遊具を通り過ぎてベンチへ進んだ。膝丈スカートの下は、ストッキング一枚しか履いていない。腰かけた刹那、火傷を危ぶむほどの熱が染みてきた。
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