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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分
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春休み、高等部への内部進学を間近に控えたのはなが帰省すると、娘を蝶よ花よと可愛がってきた両親は、例にもれなく入学祝いを準備していた。
小学校の卒業祝いは、象牙色の天蓋ベッドだった。高等部への入学祝いも、またぞろ実用性に乏しい、それでいて寝具より選ぶ猶予を与えてもらいたかったものだった。
西原篤。大手貿易会社の次期代表取締役。…………
それが、許婚、西原との馴れ初めだった。
十五歳の少女にとって、二十七歳の青年は、別次元に住む大人の男だ。西原と、西原を呼んだ両親だけが、けだし互いに話している言葉を理解していた。
こんな男の人、知らない。その人は誰。
のはなは蚊帳の外に取り残されて、おりふし部外者を盗み見ては、婚約者という言葉の意味を頭の中で反芻していた。顔を合わせたばかりの大人の男は、のはなが恋愛だの結婚だのの対象にする人物として、すぐに連結しなかったのだ。
丹羽の娘の婚約者として、西原は申し分なかったらしい。
整った身なりに、明るく気さくな立ち振る舞い、笑顔、穎悟な話題、何より実家は丹羽の会社と友好的な関係にある有名企業で、毎年その業績は伸び悩むことを知らないという西原は、細君を迎えれば不自由させない条件を揃え持っていたという。
大船に乗ったつもりの両親は、娘の将来の安泰に喜ぶばかりで、西原という人間の本性をとうとう見抜けないでいた。
西原の目は、初対面の幼いのはなの身体を舐め回すように値踏みしていた。酩酊した両親の視線を欺いて、腹やら内股やらを撫でていたのに。…………
のはなが帰省する度に、西原は屋敷を訪問した。のはなを食事やらスポーツ観戦やらに連れ出した。
傍から見れば、婚約者との親交を熱心に深めようとする男の姿だ。
実際は、西原自身の自己顕示欲の充足。肉欲の処理。
西原はのはなを家内として教育して、彼自身の理想の結婚生活の下拵えを進めていたのだ。