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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分

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 佳乃が現代のシュルレアリスムを気取って描いているという絵画の数々は、モデルにとっても都合の良い作風だ、と、心陽は思う。


 あられもない姿になって、或いは月並みの感性の人間の目には決して晒せない類の行為を強いられた上でのデッサンに付き合ったところで、完成した二次元の向こうには、既に心陽という個人は存在しないからだ。キャンバスとアクリル絵の具が織りなすのは、ただ、岸田佳乃という絵描きの心魂の複製。


 高等部にいた時分まで、さんざっぱら教師達の顔を顰めさせてきた心陽は、その華やかな見目に反して、あくまで年齢イコール交際相手のいない青春時代を送った。
 姉の陽子がレズビアンであることを妹にカミングアウトした時、心陽は中学三年生だった。だからと言って、心陽は自身が大多数の少女らのように男子に好意をいだかなかった十四年余りに得心したわけではなかったし、今でも血縁関係と恋愛傾向は別個だと認識している。むしろ十四の春以降、あえて反撥しようとしていた。男子を、半ば無理矢理にでも恋愛対象の候補にしようと試みた所以、遠回りにもなったのかも知れない。


 あれだけ反撥した末でも、とどのつまりがのはなという少女に惹かれた。しかも、やはり心陽が敬遠していた、一目惚れという呆気なさでだ。



 ともかく、十八歳という年端になって、ようやっと初めての片想いを経験している。

 ここまで浮いた話題を持たない心陽に対して、同年代の少女達が集まると、おりふし飛ばされてくるのは、人間につきまとう第四の欲求についての疑問だ。どのようにして発散するのか。


 心陽に肉欲というものがないわけではない。着衣した女のふとした仕草、声が、それなりに心陽を淫らな気持ちに引きずり込んだことはあった。それでも心陽には、おそらく佳乃のように夢中になれるものを持たない人間にしては、第四の欲求は乏しかったのかも知れない。佳乃の手伝いが、良い塩梅に心陽に発散させていたのか。
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