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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分
ただし、のはなに出逢って、佳乃のモデルは今後一切断ろうと意を決した。
佳乃が心陽をデッサンするに当たって、彼女が心陽に直接触れたことはない。ただ、おそらく生来一途であろう心陽には、今やのはなを除く人間相手に、自分のあられもない姿を披露出来るほど開放的にはなれなかったのだ。
その件を佳乃に話したのが、ゴールデンウィークの始まる少し前。佳乃に新幹線の切符を手渡されたあの夜だ。
だのに、心陽は今、佳乃に全裸を晒している。キャンバスに黒鉛を滑らせる美術教師の目路の先で、彼女の指図に従って、自ら乳房を弄んでは、自ら割れ目を開いている。…………
「有り難う、助かった」
佳乃がキャンバスから鉛筆を離すや、心陽は手早く下着をつけた。
脚と脚の間が濡れている。パンティを上げた刹那、僅かに顰めた心陽の顔を、佳乃は気づかなかった。姉の朗らかな恋人は慣れた手つきで、画材を仕舞うのに集中している。今しがたまで熱心な観察の対象だった心陽は、衣服を整える間、完膚なきまで佳乃の目交いの外にいた。
「お姉ちゃん、忙しいの?」
「あれで数学教師だからね。試験はひと段落ついても、副教科と違って、補習の面倒や課題のチェック、通知表も難しいみたい」
「もっと楽にやれば良いのに」
「私もそう思ってる」
佳乃が、まるで下げた眉に精一杯のやりきれなさを込めた風に溜め息をついた。
陽子は学生だった時分から、真面目だ。勉学においても雑務においても、納得のいくまで追求して、寝る時間も惜まないような姉だった。教師になっても変わらなかった。仕事ぶりといい、その性質は輪がかかった。
そんな彼女が初めて受け持ったクラスで、五年前、生徒の自殺未遂があったらしい。