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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分
いじめなどの因果関係はなかった。生徒が問題を抱えていたのは校外だったということを、心陽も風の噂で聞いていた。
件の女子生徒を受け持った教員が、陽子でさえなかったら、こうも引きずらなかったろう。こうも風当たりは強まらなかった。仮に仕事は仕事と割り切るタイプの教員のクラスで、何か問題が起きたとする。さすれば、五年も経たのだ、教師は今頃、何事もなかった顔で新たなクラスを持っていたろう。
「私が陽子なら、あんな職場こっちから願い下げだわ。間違っても補習なんかしてやらないし、適当にやって給料もらう」
「同感。クラスの担任も持たせてもらえなくて、自分は誰からも冷たい目で見られている……なんて言いながら、残業までするなんて。お姉ちゃんの気が知れない。私だったら恋人優先するな。佳乃さんのモデルになったり」
心陽は、姉にとやかく干渉しない。ただ、姉を信頼しているのと、姉がよそで不当な目に遭っているのを見過ごすのとは、話が別だ。
「佳乃さん」
「ん?」
陽子に代わってモデルを引き受けていたソファの肘掛けに頬杖をついて、心陽は佳乃に顔を上げた。佳乃も寛ぎきって、チョコレートの包みを開いていた。
「食べる?」
「ありがと」
胸焼けする甘さだ。
舌に絡みつく、砂糖を溶かしたカカオの味。甘いものは好きなのに、今の気分ではなかったらしい。
「お姉ちゃんのクラスの子、何でそういうことになったの?」
にわかに佳乃の顔色が変わった。ともすれば閉ざしておくべき箱を守護する番人が、久しく部外者にまみえた顔つき。
数秒、おそらく佳乃なりに思考したあと、彼女はチョコレートを含んだ喉を鳴らした。
「悪戯」
「え?」
「レイプだって。主犯は、彼女の従兄弟。友達を連れてきて、親の田舎に帰った彼女に……だったっけ」
「…………」
「まだ十四の女子が、……まぁ、陽子じゃどうにも出来なかったのも当然ね」
「…………」
毛頭、陽子に落ち度はなかったではないか。
佳乃の話が事実だとして、それで教師や保護者達が陽子を糾弾してきたのだとすれば、心陽は彼らの正気を疑う。見ず知らずの女子生徒には同情する。見ず知らずの男子達とやらを今すぐ吊るし上げて、心陽は彼らを、陽子の代わりに底なしの苦艱に突き落としたい。