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自由という欠落
第5章 始まりの同義語は多分
目も眩むような現実が、その明度でのはなを炙り尽くしてしまう前に、人目のない場所を求めた。
校庭は、灼熱の太陽が黄金色の光をばら撒いていた。澄みきった空が、のはなの肌を夏の血気で苛む。
部室にいた先刻からすれば、すこぶる落ち着く。
貞節な令閨という役どころは、のはなに適していた。
かの女は、四百年ほど以前、異国で綴られた中に生まれて、数多の役者達が演じてきた。デズデモーナが架空の女であることは分かっていても、おりふし演じることに恐怖するほど、のはなに似通う。パートナーに信頼を寄せて、慕って、彼に従順であろうと努めているのに、既婚の女らしい道徳に励めば励んだ分だけ、道徳は彼女を破滅に導く。
ただし、のはなの演じる令閨は、やはり架空を超えられない。
主人公が彼女へ向ける悋気も疑心も殺害動機も、彼の細君へのたとしえない酷愛、彼自身の劣等感が誘起した悲劇に過ぎない。いかにしても愛が起因する物語は、少なくとものはなにとって、所詮は美しい別世界を逸脱しない。
愛されている。慈しまれている。そうした幸福、安らぎは、のはなが令閨という立場になれば、ついに夢見る自体が背徳になる。
「良かった、のはな。ここだったんだ」
とろけるようなメゾの声が、にわかにのはなの耳を打った。
聴き心地の良い少女の声だ。声は、さっきものはなを追い詰めていた。
「まひる?何で……」
「休憩時間になった途端、見かけなくなって。美乃梨ちゃん達も心配してたよ。そうしたら、窓から見えたから」
「そう、……」