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貴女に溺れて彷徨う
第3章 不自由への憧憬
彼女の化粧ポーチには、例のごとく簡素で最低限のものばかり。それでいて、それらは彼女をそこいらの女達よりずっとあたしを夢中にさせる顔に仕上げる。
みなぎはさっそく新しい化粧水や下地で肌を整えていき、パウダーもピンクがかったTenue de bonheurのものを顔にはたいた。
「良い香りね、それにつけ心地良い。上等なものは、気分でそう感じるだけかしら」
「どうかなー。上等っていうより、基本、容れ物が過剰装飾なだけだよ」
「そう?さすがお値段の割りに合ってると思うけど……」
「使える日数考えたら、ウチは薬局コスメと大幅に変わんないって。でも気に入ってくれたら嬉しい」
差し色だけは手持ちを使って、家庭を持つ女の顔に戻ったみなぎとホテルを出て、塾へ向かう。
生まれ育った環境や性格さえ違っていたら、化粧や洋服にもこだわっていたかも知れない。
道中、みなぎはまだ夢冷めやらぬ口振りで、そうした可能性を仄めかした。
興味や憧れがなかったのではない。ただ、人は目立つより目立たない方が格段に安全で、軽んじられても目をつけられる危険はない。それが彼女の理屈だ。
「そういうとこ、好きだよ」
「──……」
「前にも言った通り、あたし、口は硬いから。それに一緒にいる時だけ本心のみなぎでいてくれるなら、ちょっと優越感」