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貴女に溺れて彷徨う
第5章 見返りという甘い汁
* * * * * * *
結果的に、あたしはみなぎと話が出来た。と言っても所用は響の方にあったため、生来、彼女に備わっていた内弁慶が、ニ、三度顔を合わせた程度の相手を追い返せなかったのだ。
昼間でも学生の姿をよく見かけるようになった季節、上着がなければまだ寒いにしても、ここ一ヶ月で随分と過ごしやすくなった。
あゆみの卒業式の翌週、あたしは郊外を訪ねていた。
「莉世さん」
教えられていた地図を頼りに歩いていると、のどかな春空を背負った女があたしを呼んだ。
いつ見ても都会的な響は、今は彼女だけ別の景色の中から切り取ってきたようにも見える反面、広々とした土地を彩る桜の蕾が綻べば、きっと絵になる。
あたしは響に出迎えの礼を言い、彼女の隣に肩を並べる。
それから一分と歩かない内に、小綺麗な工場に着いた。響が昨年買い取ったというその建物は、改修工事されたばかりだ。
中には、春から働く従業員達が顔を合わせていた。そしてみなぎと、彼女の配偶者の稲本大雅。
「初めまして、貴女が高垣さんですか。家内が世話になったようで……、有り難うございました」
「初めまして。いいえ、あたしは響さんをみなぎに紹介しただけなので」
無責任で横柄で石頭。
みなぎから話を聞いた限りの稲本大雅は、ざっとそのような印象をあたしに植えつけていた。化けの皮がいつ剥がれるか。多少の好奇心を覚えながら、ここの新任責任者を前にして、あたしもうわべの愛想を返す。