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貴女に溺れて彷徨う
第5章 見返りという甘い汁
春先でも、夕方五時近くにもなると冷える。
ケトルの湯が熱々の音を立ててカップの茶葉を広げていく様子を見ているだけで、身体が芯からじわりと温まる心地がする。
響を彩るのはほぼほぼよく知るコスメなのに、飴色の水面を眺めていたあたしの目は、自ずと卓袱台越しの彼女に釘づけになる。同じコスメでも個性が出るのは当然にしても、彼女の化粧か、彼女自身か、あたしはどちらに目を惹かれているのだろう。
茶漉しを上げて、あたし達はディンブラの軽やかなコクの香りの立ち上る水面にミルクを落とす。
「稲本さんは、真面目だし良い人だし、新しい従業員として申し分ないけれど……」
湯気に息を吹きかけていると、つと響が口を開いた。
「ご自分がどれだけ幸福か分かっていらっしゃらないわ」
思いがけない響の言葉に、あたしはカップから顔を上げた。
「そう見える?配偶者はあんなで、猫っ可愛がりしている娘の入学の危機には追いつめられるで、結構ツイてなかったと思うよ。しかも根暗で」
「そういうところよ」
あたしは、まだ彼女の意図を読めない。ただ上品なだけでなく愛らしさもある、ぷっくりと濡れた唇が、紅茶で更につやを増しているのが誘惑的であることだけは意識していた。
「莉世さんに好きになってもらえているだけで、羨ましい」
「っ……。響さん……」