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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴
吉沢先生、吉沢ゆずは。
美大を卒業して今年で三年になる彼女は、思春期の面影もまだ僅かに残る顔をくしゃりと崩して、理香子達にせがまれるままテーブルの側に腰を下ろした。次の部屋の点呼へ行かなければいけない、と言いながら、長い茶髪を耳にかけて、シャーペンを握る。私達が無秩序に落書きしていた自由帳も、彼女が鉛の芯を滑らせた途端、たちまち上等な画紙に変わる。
吉沢先生の絵は魔法だ。線自体は単純なのに、何もなかった平面世界に、少女だったり動物だったりが見ている内に現れる。彼女には、私達には見えないものが見えてでもいるのか。今も、隈井さん達の盛り上がっていた漫画の主人公達が、見事な特徴を捉えて出来上がっていく。彼女の持ち味もしっかり生かして。
七分袖から伸びた手首には、カラフルなビーズのブレスレット。シャーペンを動かす指先には、クリアカラーのネイル。些細なところにも彼女のセンスを感じられて、気づけば私は、絵より彼女自身を見ていることがよくあった。
十二分で完成した少女達のイラストは、吉沢先生が退室したあと、公平なじゃんけん勝負の結果、美代が持ち帰ることになった。私がその悔しさをぼやくと、吉沢先生は私の頭を優しく撫でた。
「そんなに嬉しいこと言ってくれるなら、稲本さんには、今度ちゃんと画用紙に何か描いてくるわ」
「本当ですか?!」
「何が良い?」
私は返答に悩む。
夕食後、消灯前の集合時刻までの合間、私は吉沢先生と旅館の裏庭に出ていた。