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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴
生暖かい土の匂いを含んだ夜風が、私達にまとわりつく。
昼間は庭園を散策している宿泊客も、今の時間、わざわざ出てこようという気になれないようだ。目路は、足許の注意が必要なくらい頼りない。私が吉沢先生を盗み見るには都合が良い。
「先生の好きな絵が、欲しいです」
「えー、お任せ?」
からからと笑う吉沢先生は、今は黒い影の集合体でしかない庭園を見ている振りを装う私の視界の端で、白い存在感を放っていた。
「先生の好きなものが欲しいです。先生って、綺麗で可愛い上にセンスも良くて……女の子達にも人気で。私も先生に懐いている一人です」
あまり大人をからかわないで、と唇を尖らせる吉沢先生が満更でもないのは、見て分かる。
小学校低学年の頃は、中学に上がれば運動部やら学年成績トップやらの男子に胸をときめかせて、性別を越えた相手と恋に落ちるのだと思っていた。
現実は少女漫画ではない。物心ついて背伸びしたがっていた時分、何度もページをめくっていた漫画のヒロインときっと同じ顔をした私の目は、吉沢先生に向いている。
仄かな大人の女の匂いがする。けれど女子校に勤務しているからか、少女の匂いも染みついていて、彼女はどこか甘酸っぱい。
吉沢先生は私をどう思っているのだろう。少しでも特別に思ってくれているから、こうして夜の散歩に出てくれたり、誕生日には手製のアクセサリーを贈ってくれるのだと信じていたい。