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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴

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 再就職して、あゆみを無事進学させて以来、私には自営業を手伝っていた頃ほどの余裕が戻った。
 今の生活なら、一度は諦念したスキンケアも再開出来たし、莉世のいる店舗を避けさえすれば、それなりに気に入っていたTenue de bonherのコスメにまた手も出せただろう。

 それでも私は、一切、華やかなものに触れなくなった。

 莉世との日々は、きっと一生分の夢だった。

 比喩ではなく、本当に夢だったのではないかと思う。目も眩むようだったあの日々は、私の身の丈には合わない。
 少しくらい不満に胃を捩らせて、あゆみの成績や大雅との夫婦関係に一喜一憂する。平穏で平坦な日常だ。
 華やかで挫折を知らない、私みたいなお荷物同然の友人のために仕事を紹介出来るような女に振り回されていた頃は、その有り難みを忘れかけていた。


 とは言え、私は大瀬さんとの関係まで断てない。
 私達の雇用主である彼女とは、かつてTenue de bonherの店舗でたまに顔を合わせていた。美人で裕福であることを少しも鼻にかけない彼女は、未だ友人にでも接する調子で、私に件のコスメの話題を振ったり、買い物に誘ってきたりする。


「稲本さん」


 まもなく定時の私の元に、今日も大瀬さんが近づいてきた。他の事業にも多忙な彼女は、合間を縫って、よく工場にも巡回に来る。
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