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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴





「お疲れ様です」

「お疲れ様です、気をつけて帰って下さいね!」

「有り難うございます、川田さんもお気をつけて」

 
 従業員らに手を振りながら、私は更衣室へ足を向ける。

 今日の分も残すところ僅かな商品を積んだ業務用のアイロン台で、大雅も仕上げに取りかかっていた。


「お先にね、大雅」

「おお」

「今日は、麦茶か番茶どっち湧かしとく?」

「番茶湧かしとく」

「分かった」

「それとお前、十時に◯◯◯、録画予約しておけよ。あゆみは塾か?」

「ええ」


 お茶も録画も、貴方のための手間だろう。

 私は腹が煮える思いがしながら、特に思うところもない態度を保つ。
 彼は、いつから自分のことも自分で出来なくなったのか。
 今夜は私が早上りというだけで、総合して私達の就業時間は変わらない。それなのに私が残る日は、彼が風呂や夕飯を準備するのでもなく、腹が空いても菓子パンでしのいでいるだけだ。


「そうだ、お前」

「何。早く帰って買い物もしないと。ゴミ袋なかったでしょ」

「俺は知らねぇぞ。それよりお前、俺の緑の半袖シャツ知らないか?◯◯で買ったやつ。昨日からないんだ」

「また探しておくわ」

「ちぇっ、分かった分かった、もう良い!」


 失くしたのかよ、と舌打ちまでする配偶者に、それでも私は反論しない。

 いつか莉世にも指摘された、私の悪い処世術だ。ここで角を立てなければ、丸く収まると考えている。
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