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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴
愛を感じられなくなったのは、結婚して十六年も経ったからだ。三十歳半ばにもなって、甘やかされたいだの大切にされたいだのと考える方が、痛々しい。
美人で気の利く女ならまだしも、私は冴えない。塾の休み時間にあゆみから届くLINEに返信しながら、大雅が帰宅するまでの約二時間、今日は心休まる時間もある。
「聞く気なかったけど、今の何。あんた何様?」
つと、第三者の声が割り込んできた。
私達の冷えた関係は、普段、他の従業員らが顔をしかめることもない。古い家庭と割りきってでもくれているのか、耳障りになるほどの口論さえしないからか。
それなのに、今更、誰だ。
聞き覚えはあるのに聞き馴染みのない綺麗なメゾだった。
声の主を確かめて、私は目を疑った。
「高垣さん……お久し振りです」
十年以上も客相手の生業を続けていただけあって、大雅の切り替えは早かった。不遜な亭主関白が、一瞬で愛想の良い工場長になる。
そこにいたのは、作業着姿の従業員ではない。パステルピンクの総レースのベビードール風トップスに、ハートのポケットがついたふりふりのデニムのスカパンを合わせた女だ。
心臓が揺さぶられる。視界が潤んだ気がしたのは、きっと瞬きを忘れていた私の身体が、勝手に涙を生成したからに違いない。