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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴
「稲本さん、どう?」
「どうかな。本人にしか分からない」
「そうよね」
「どうするか決めるまで、一生住みついても大丈夫とは言ってある。これで良かったのか迷いはあるけど、いくらみなぎがドMでも、やっぱりあの男に良いようにされてるのは感心しなくて」
「莉世が困らないなら、良いと思うわ。一応、ご主人には、私の空き家に住ませてあると言ってあるから。そうしたらあの人、何て言ったと思う?俺はどうやって暮らせば良いんだ──…よ。他の従業員達にも言って回っているそうだけれど、さすがに新人さんも苦笑いを堪えているのが分かる」
「自分のことも自分でしてこなかった、ツケが回ってきただけだしね」
「ただ、問題は生活費。貯金とか、ご主人が管理していたみたいなの。稲本さんに、お小遣いは振り分けられてるみたいだけど……。家事を休むのは構わない、その代わり七月分は早く渡すよう伝えろって」
「あたしは聞いてないことにするね。帰るかも分からない家のために、みなぎが渡すことないし」
つまり稲本大雅はいなくなったみなぎより、彼自身を心配しているということか。
響からしても信じられない彼らの関係は、当然、あたしにとっても論外だ。
子供のために離婚しないのを美徳としている人間は、山ほどいる。みなぎもそうだったけれど、首輪に繋いでいるわけでもないのだから嫌なら帰れとあたしが言っても、今のところ彼女はその通りにしない。
「今がチャンスかもね」
「何が」
「莉世さんよ。稲本さんがまだ好きなら」
「──……」
「彼女、店でも最近、楽しそう。あゆみちゃんが来ても一緒に洋服選んであげたりしていたわ。前ならそんなことなかったでしょうね」
時々、響は何故、あたしを振ったのだろうと考える。
もしかすればあたしが聞かされたのは後づけで、自己犠牲的なまでに誠実な彼女のこと、他に考えがあったのかも知れないとも疑ぐる。そしてあたしは、間違いを犯しているのか。
何もかも分からない。だから今は、分かることだけに向き合うしかない。