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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴







 寝ても覚めても考えないではいられなかった人への想いが、簡単にかたちを変えるはずなかった。

 あたしがみなぎを友人と呼ぶのは、そうした方が、彼女の近くにいられるからだ。事実、ついにあたしはみなぎを繋ぎ止ることに成功している。

 満たされないのは愛慾だけだ。

 じっと見つめることさえ出来ないけれど、化粧するという名目で、支度の時だけ、彼女にあたしを染め込める。


 澄み渡った幸福など、どこにもない。

 何かを得るためにはきっとどこかで別の何かを捨てなければいけなくて、踏み台になるのは他人だったり、自分自身の何かだったり、それは時と場合による。
 だから、みなぎら夫婦がこのまま和解しないよう、彼女が良人を見限るよう願ったところで、あたしに罪の意識は生まれない。却ってあの男が今更自身を省みようとした方が、ぞっとする。


 あたしがそんな思いを巡らせていた矢先、稲本大雅がみなぎの居場所を突き止めた。


 その日、みなぎは夕方、響の店を上がった。夕飯は外食にする予定で、あゆみとあたしは揃って彼女を迎えに来ていた。


「いつまでバカな真似をしている!」

「っ、大雅……」

「……おまっ、お前、何だその若い女みたいな格好は!」


 従業員出入り口で仁王立ちしていた稲本は、今に泡でも吹くのではないかという剣幕だ。目を剥き、顔を真っ赤にして、普段ぼんやりしたみなぎも肩を強張らせるほどの声は、店を出入りする客の注目まで集めている。


 あたしはみなぎを下がらせて、彼に会釈した。
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