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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴


 飛んできた稲本の拳を片手に受けて、あたしは彼の腕を押さえた。
 体格からして、よけきれなくてもたかが知れていただろう。いっそのこと一人の女を巡って殴り合ってもロマンチックだったかも知れないけれど、あとに面倒ごとになるのはごめんだ。


 じきに、店から出てきた従業員らが、駆けてきた。


「大瀬さん、こっちです」

「お客様から知らせがあって、警察に連絡しましょうか?」


「どこ?注意で済むなら、……──稲本さん?!」

「あっ、響さん」


 響を見るなり、稲本は急におとなしくなった。

 あたしは、彼を響に引き渡す。


「大丈夫?」

「有り難う。来てたんだ」

「来てて良かった。いつかはこうなると思っていたけど……奥で話してくるわ。彼の出方次第では、傷害罪で訴えることも……」

「それは、やめてあげてくれないかな」


 さっきから響が不安げな目をあたしに向けているのは、稲本の足技を受けたところを見たからだろう。


「しばらく痣は残りそうだけど、職失ったら、そいつ一人でやっていけなくなる」

「でも」

「ごめん、響さん。やっぱり好き。……みなぎが。返したくないんだ」


 あたしがみなぎを瞥見すると、彼女があゆみを押し出してきた。


「莉世は、あゆみとご飯行ってて。あとで私も行くから」

「あゆみちゃんは、スタッフさんに見ててもらおう。あたしもついてく」

「ううん」

「先、入ってるね」


 大瀬さんが稲本を連れて店に入ると、みなぎがあたしに距離を詰めた。

 あゆみは、店に戻った一同とあたし達を、交互に見ている。


「大雅じゃなくて、あゆみを莉世に預ける。これって、さっきので私があの人に落胆したってことなのよ」



 それでもみなぎは押しに弱い。

 どちらかと言えばあたしは響を信じるつもりで、渋々、みなぎに従った。

 あゆみと近くの店に入って、みなぎが戻るまで夕飯は待つことにして飲み物で繋いでいる間、響から何度かLINEが入った。内気なみなぎの分まで彼女が話を進めた甲斐あって、稲本の方も、すぐに離縁は難しいにしても、別居の継続は認めたらしい。
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