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貴女に溺れて彷徨う
第6章 苦みを消した実利の飴
客と話す機会も格段に増えて、クリーニング店時代からすれば随分と鍛えたみなぎも、ふとした拍子に我に返るのか、あたしのよく知る蜷島さんが顔を出す。もっとも、声楽を趣味としていた彼女が本気を出せば、混雑時でもほぼかき消えない声が出る。
そんなみなぎが今日着用しているのは、Innocent Worldの今冬の新作だ。最近はあゆみと雑誌を共有したりしている内に、ブランド直営店にも足を運ぶようになったのだという。
白に近い生成の大きな丸襟と、小ぶりのエンブレムと小花の模様の深緑のワンピースから、あえてチュールスカートの裾を覗かせた着こなしが、勉強熱心な彼女らしい。
「稲本さ──…あ、みなぎさん。もっと自信持ちましょう。ひぃだって、こんなぶりっこな格好、一部の女子にはウケないって分かった上で、好きだからやっているんです。ひぃはあの人達のために生きてるんじゃないですし、ひぃ自身のために行動しているんですからぁ」
「貴女は、元々が良いから……」
「その通り、ひぃは可愛いですけどね。でも、ひぃが思っているだけで、この顔が嫌いな人もいます。たくさん。ただ、否定的な人達のご機嫌取りする筋合い、ひぃには全くありません」
少し前のみなぎなら、きっと耳を貸さなかった理屈だ。それが今は、ひなたの話に頷いている。
そう言えば、あゆみも随分、身動きしやすくなったと言って、喜んでいた。それでも相変わらず成績には厳しい母親らしく、試験の度に、母娘揃ってあたしに泣きついてくるのも通例化している。
いつか響が、不自由なのは一生ではないと言って、あゆみを諭したらしい。今ならただの慰めではなかったと、少し前、彼女が振り返っていたのをあたしは聞いた。
「蜷島さーん、休憩いただきまーす」
「はーい、お疲れ様、行ってらっしゃい。お菓子持って行ってね」
「有り難うございます!莉世さんひなたさん、いただきますね」
「どうぞー」