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貴女に溺れて彷徨う
第1章 眠り姫は魔法で目覚める
極端な褒め言葉を要求するつもりはない。それでも、良いならその一言で十分なのにと苛立っていると、さっきから大雅につきまとっていた緊張感が強度を増した。
「お前さ、受験生の娘がいるんだぞ。六年生だぞ。まさかその顔で、塾まで迎えに行かないだろうな?」
「私が授業を受けるんじゃないし、もっときちんとお化粧されているお母さんもいらっしゃるし。大丈夫よ」
「おいおい、やめろよ。あゆみもどっちかと言えば、ぼーっとした子供なんだ。母親まで能天気だったら、先生達にどう見られるか……」
だったら貴方が迎えに行けば、と喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。
そう。私は受け答え一つにしても、荒波を立てない術を心得ている。それで今日まで平和にやってきたのだ。
「とにかく、お前。化粧なんか嗜好だろ。今日も友達が来てたんだって?あゆみも遊ばないで勉強してるんだから、お前にはせっかく休みとらせてやってるんだ、チャラチャラするのはあいつが中学生になってからにして、今はもっと面倒見てやるべきじゃないか?」
「…………」
この良人は、かつて人生に一度だけ抱えた私の悩みを忘れてしまったのだろうか。もしくはあの頃、私にとって白馬の王子のようだった男は、彼と瓜二つな偽物と、いつの間にかすり替わりでもしたのか。
あゆみを私学に入れたいのも、あの子の成績が伸びないのも、いつの間にか私が原因になっている。
本当に良いご主人ね、と、客などが羨望の眼差しを向けてでもくれば、一日交代してみましょうかと言いたくなる。