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貴女に溺れて彷徨う
第2章 醜いものは塗り隠せばいい
耳朶を唇で甘噛みしただけで、みなぎが飛び上がりそうな声を上げた。
Tenue de bonheurの顧客なら、大抵、穴が空くほど鏡を覗いて、完成したばかりの顔を手放しに賛美する。彼女らにとって顔はアイデンティティの一つで、自身の人生や哲学を確認するための手段だ。
それに引き替え、みなぎにとって、顔は顔。日本人にありがちな、自賛を不善とでも思い込んでいる風だ。
「そうだ、ランチしましょうって言ってましたよね。主人と娘が出かけたあと、大急ぎで材料買ってきたんです。準備しますね」
それでもあたしが化粧したあとのみなぎは、心なしか背筋も伸びて、表情も明るい。本当に親友に対する調子で腰を上げて、彼女は鏡台へ向かった。
「待って待って、何で除光液っ?」
「料理するんですから当然です」
「そっか、セルフネイルだもんね。でも大丈夫。中途半端に剥げたら格好つかなくなる気持ちは分かるから、一本や二本崩れても、全部でも、ささっと直してあげるから」
「いえ、そういう意味では……。ご飯に入ったら、身体に毒です」
みなぎらしい神経質な理屈は、あたしの笑いのツボに嵌まった。
けれど咄嗟に衝動を押し殺した。今日は機嫌をとるつもりで来ている。
みなぎのベージュ色のネイルカラーは、彼女の白い指に乗っていると、角度によっては淡いピンク色にも見える。
明らかにあたしに会うために塗られたものだ。それを目の前で抹消されるのは、避けたい。