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琥珀色に染まるとき
第8章 慈しめば涙してⅡ

頬にかかる長い髪を、彼は優しく背中に流してくれる。その骨ばった手に肩を抱かれ、腕をするりと撫で下ろされた。
「本当に香りが好きなんだな」
「え?」
「ブラックコーヒー、シングルモルト、それから風呂あがりの俺……」
彼は愉しげに言うと、目尻を下げてはにかむように笑った。
そんなふうに笑う西嶋を見るのは初めてのことだった。仕事中には決して拝めない姿だろう。
そう、あの店を出れば彼もただの男なのだ。今までと違う一面を見られたことが少なからず嬉しくて、自然と頬がゆるむ。
「そうよ」
照れながらの少々そっけない返事にも、西嶋は優しい笑顔で応えてくれた。
ガラスで仕切られた狭いブースに入ると、涼子はぬるめのシャワーを浴びた。
首から下へ、湯が優しく素肌を撫で下ろす。ふとさきほどの情事が脳裏によみがえり、手をそろそろと下腹部に伸ばして茂みを割ると、残っていた蜜が指にぬるりとまとわりついた。かすかに開いた唇から、甘いため息が漏れる。
長年、意識的に恋愛を避けてきたが、西嶋が女慣れしていることに気づかないほど無知ではない。西嶋は女に限らず、人の扱いに慣れている。客に美味い酒と上質なもてなしを提供するのがバーテンダーである彼の仕事なのだから、当然といえば当然だ。
そのうえ、美しい容姿、大人の男の色気と余裕、優しい微笑み……。タツが冗談半分に言っていた遊び人という噂も、あながち間違いではないかもしれない。むしろそのほうが自然ではないか。そのような悲観的な考えがまったく浮かばなかったわけではない。
だが、彼のこれまでの女性関係など詮索する気はないし、誰にでも過去はある。決して他人に言えない過去なら自分にだってある。
少なくとも、あの瞳にごまかしや偽りの色は見えない。それはたしかな事実だし、彼を信じられる十分な理由になる。

