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琥珀色に染まるとき
第2章 噂のバー店主
第二章 噂のバー店主
六月二十日月曜日、午後九時。
眠らない街を照らすのは、月明かりでも、星の煌めきでもない。一日中降り続けた雨に濡れたアスファルト、車のボディー、ビルの窓、男と女の瞳――それを妖しく映し出す、闇夜のネオンサインだ。
「あ、あの……すみません」
おそるおそる声をかけてきたのは、今しがたカウンター席に腰かけた若い女――。
その落ち着きのなさを見れば、バーという場所に慣れていないのは一目瞭然だ。どんな酒をどう頼んだらいいかわからない、という顔をしている。
この店にメニュー表がないわけではない。だが、あきらかにバー初心者の人間がせっかくこんな目立たない場所にある小さな店に足を運んでくれたのだから、頼んだ酒が想像していたものと違った、という残念な経験をさせたくはない。メニューの中から選ばなければならないという固定観念にとらわれずに、酒を愉しんでほしい。
西嶋景仁(にしじまかげひと)は、女におしぼりを手渡しながら優しく微笑みかけた。
「ふだんはどのようなお酒を飲まれますか」
「えっと、ファジーネーブルとか、カシスオレンジとか……」
「どちらもリキュールベースの甘口カクテルですね」
「今日はちょっと違う感じのを試してみたいんです。でも、あんまり辛口なのは……」
「かしこまりました。甘めですっきりと飲みやすいものをお出ししましょう。アルコール度数は高くないほうがよろしいでしょうか」
「は、はい。お見通しなんですね」
人は見かけによらないとよくいうが、そのことわざはこの女には当てはまらないらしい。どう考えても見かけどおりである。
「ただの勘ですよ。すごいでしょう?」
甘い笑顔で尋ねると、女はその小ぶりな目を見開き、やがてほころんだ表情を浮かべて頷いた。いくらか緊張がほぐれたようだ。