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琥珀色に染まるとき
第8章 慈しめば涙してⅡ
今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
自宅マンションの近くに差しかかる頃には、タクシーの窓ガラスに無数の水滴が流れ始めた。
その様子を眺めながら、昼過ぎになったら明美に連絡してみようと涼子は思った。西嶋も、彼女に話を聞いた藤堂から詳細を聞き、新たにわかったことがあれば報告すると約束してくれている。
一気に現実に引き戻され、漠然とした絶望感に襲われた。
過去から目をそらすな――誰かにそう言われているような錯覚を覚え、心の中で反論する。
――違う。目をそらしてなんかいない。
甘い夢を見ている間、頭の隅に追いやられていた現実が、夢から覚めた今、入れ替わりで頭の中を支配する。ただそれだけのことだ。過去から目をそらしていたわけでも、忘れていたわけでもない。忘れられるはずがないのだから……。
次に会うときには西嶋にあのことを打ち明けよう。涼子はそう決心した。彼に漂う孤独の理由も、いつか聞ける日が来るだろうか。
彼に与えられた悦びの炎は、身体の奥底に甘美な火照りだけを残して消えていった。炎は消えても、彼が押し入った熱い痕跡は消えてくれそうにない。
右側に目を向けても、その姿はない。独りきりになるのはこんなにも心細いことなのだと、彼と一緒にいた数時間のうちに忘れそうになっていたことをあらためて痛感する。
彼も同じように感じてくれているだろうか――そんな想いを胸に、涼子は濡れる車窓の向こうへ意識をさまよわせた。