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第9章 追憶の淫雨

第九章　追憶の淫雨




　あれは、二十六になる年の、雨の季節だった。


――最近知り合ったお友達に、あなたのことを話したの。


　彼女は、太陽のような笑みを浮かべて言った。

――来月七夕でしょ？　だから、バーカウンターを天の川に例えて、CLEYERA BARの織姫と彦星だって教えたのよ。
――ばかだな。それじゃ年に一度しか会えないってことじゃないか。
――だって、スペイ川を挟んだマッカランとクレイゲラキって言ったら、きょとんとしてたから。わかりやすい例えを探したのよ。
――なあ、知ってるか？　織姫と彦星って、恋人同士じゃないんだよ。
――え？
――本当は、夫婦なんだ。

　すると、彼女は得意げに笑い、こう返した。

――知ってる。結婚してから二人とも全然働かなくなっちゃって、織姫のお父さんが怒って会えなくしたのよね。

　そこまで説明しなくてもいいだろ、と思い、ため息をついてうなだれていると、彼女はいつもの笑顔で続けた。

――ねえ。もしかして、それってプロポーズ？


　学生アルバイト時代から世話になっていたオーセンティックバーで店長を任されることになったとき、一人の女と結婚の約束をした。
　休暇はなかなか取れない。おそらく当分は贅沢な暮らしも望めない。それでもいいと彼女は言った。
　普通のＯＬである彼女とは生活リズムが真逆で、交際三年の間に些細な喧嘩は数えきれないほどしたが、バーの仕事について文句を言われることは一度もなかった。もともと店の常連客だったこともあり、いつか独立して自分の店を持ちたいという夢を語ったときにも嬉しそうに耳を傾けてくれた。