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第9章 追憶の淫雨

　出会ったときから、彼女は真っ直ぐな女だった。

　初めて来店した日から素直な好意を隠さずによこしたし、かといって下品なセックスアピールを感じさせるようなことはなかった。ただ太陽のような笑顔を絶やさず、強力なエネルギーをカウンターの向こうから投げてきた。軽やかに、しかし大胆に。
　あくまで仕事としてそれを受け止めていたが、何度も重ねられていくうちにいつしかそのエネルギーに引き込まれていた。可憐な見た目と、はつらつとした性格のギャップにやられたのだ。
　彼女が店に通うようになって半年ほど経った頃、招かれたその部屋で、意外にも積極的に奉仕してくる彼女に負け、気づけばその華奢な身体を夢中で貪っていた。

　若かった、と思う。だが、本当に好きだった。彼女の存在と、その笑顔が活力源だった。三十歳で必ず独立開業することを心に誓い、将来への希望に満ち溢れた日々を過ごした。

　だが、ある事件をきっかけに、彼女との未来は永遠に閉ざされることとなった。

　正義感の強い彼女は、困っている人を見かけると赤の他人であっても親切にできる女だった。他人の世話ばかり焼くお人好し――店長になってからも彼女からよく言われた言葉だが、本当のお人好しは彼女のほうだった。少なくとも、彼女自身の運命を変えてしまうほどには……。

　ある日、いつも通勤で使っている駅のホームで、彼女は男の叫び声を聞いた。見てみると、スーツを着たサラリーマンらしき男が若い女性に罵声を浴びせていた。周囲がざわつく中、何事かと思い注意深く聞いていると、どうやら痴情のもつれのようだった。だが、あきらかに様子がおかしかった。一方的に責め立てられているようにしか見えないその女性は、顔面蒼白で、怯えきっていた。
　そのとき彼女はなにもできなかったが、もしまたその女性を見かけることがあれば声をかけてみようと心に決めた。数日後、彼女はその女性と再会する。