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琥珀色に染まるとき
第9章 追憶の淫雨

***
黒のインテリアで統一された部屋の中は薄暗い。天気の悪い日はなおさらだ。
湯気の立つコーヒーカップを片手に、景仁はリビングの窓からベランダに出た。湿った空気を感じながら雨景色をしばし眺める。この十一年ですっかり染みついてしまった習慣である。
コーヒーに口をつけると、心地よい苦味が口内に広がり、それから芳醇な香りが喉から鼻孔に抜けていった。
ふだんから眠りの浅い景仁は、朝方帰宅してから四時間ほどしか睡眠をとらなかった。悪夢の余韻に呻きながら目覚めたとき、まどろみの中でふと頭をよぎったのは、かつての恋人とは似ても似つかない、別の女だった。
潤んだ黒い瞳、震える赤い唇、汗ばむ白い首――それらが順に脳内で映像化されていく。
鮮やかによみがえる、きめ細かくなめらかな肌の感触、首を反らして快感に耐える艶めかしい姿、甘い嬌声。しっとりと汗ばんだ頬に張りついた髪をそっとよけてやると、薄ら開かれたまぶたの奥からよこされた、色欲を煽る濡れた視線……。
そんな瞳に見つめられながら、吐息混じりに繰り返し名を呼ばれ、庇護欲と支配欲を同時にかき立てられた。
――少し、夢中になりすぎたか……。
そう反省するのもつかの間、涼子の胸に刻まれた傷痕が脳裏に浮かんだ。
窓辺から離れてガラステーブルにカップを置くと、景仁はダイニングスペースの壁に設置されている酒棚に歩み寄った。ザ・マッカラン十八年を手に取り、その横にあるボトルにもう片方の手を伸ばしかけたが、なにも取らずに腕を下ろした。
この日が巡ってくるたびにしていたこの習慣も、そろそろ終わりにするときが来たのかもしれない――そう思い、マッカランのボトルも棚に戻した。
六月二十九日。
忌まわしきあの雨の日から、今日でもう十一年だ。

